ピエニータ

Category短編物語
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目が覚めた。
私は白いシーツが張ったベッドに横たわっていた。


いつの間にかねむっていたんだ……。


霞む視界がやがて鮮明にうつる天井には、無機質な蛍光灯の明かりがついていた。

午後3時42分。
今日でちょうど1ヶ月が経つ。
ここに送られてきた初日は、混乱する思考を止めて、ただ現状を受け入れるしかなかった。

いまは外の世界から完璧に隔離された場所に私は居る。
ここに長くいては駄目だ。
しかし今の私は発言すること全てを信じてもらえない、ただの狂人でしかない。
たった1ヶ月で何が変わるというのか、何が変われるというのか。


……あ、起きたんですね。


隣のベッドの住人が声をかけてきたから、私は軽く会釈をした。


今日の夕食にはハンバーグが出るらしいですよ、楽しみですね。

え!ハンバーグですか、それは楽しみですね。


………嘘をついた。
本当は全く興味がない。
私はやわら起き上がり、部屋の外にある洗面所で顔を洗った。


あの………、いまいいですか?
さっき売店でお菓子を買ってきたから一緒に食べませんか?


後ろから16歳になる女の子が私に声をかけてきた。


いいよ、何処でたべよう?

ちょっと聞いて欲しいものがあるから、あそこのテーブルで食べましょう。


私たちはここでは比較的に人気が少ない場所にあるテーブルに腰掛け、女の子が用意してくれたお菓子を卓上いっぱいに広げた。
甘いお菓子は久々で、他人のものなのに遠慮なくついばんでいた。


あの、わたし、好きな歌があって。
先日わたしの声を褒めてくれたから………、だからその歌の歌詞を書いてきたんです。


女の子がポケットから折り畳んだ白紙を私に見せてくれた。
そこには有名なアニメ映画のエンディングテーマの歌詞が、比較的に整った筆跡で書かれていた。


ああ、この歌!知ってるよ。
いい歌だよね。

私は自然にその歌を口ずさんでしまった。
すると女の子も口ずさみ、私の歌声に重ねてきた。

上手だった。
初めて女の子の歌声を聞いたとき、その声が愛らしくて透き通っていたから褒めたのだった。


どれくらい繰り返し歌っただろうか、あっという間に夕飯の時間が来ていた。
お菓子も平らげてしまった後に、女の子はきちんとお礼を言い、部屋に戻っていった。
礼儀ただしさも備わっていた。




数日後、私はいつものようにベッドに横たわっていた。

何もすることがないと人は駄目になるばかりだな………。

外の世界で日常を過ごすならば、今の時間はスーパーに買い物に行ったり、子供の世話に奔走したりして、多忙な時間帯である。
生まれて数ヵ月の子供を外の世界に残して、私はここで仕方ない毎日を過ごすことを強要されたのだ。


こんにちは。あの………、話したいことがあって、ちょっと来てもらえませんか。


あの女の子が私の部屋の入り口に立ち、申し訳なさそうに尋ねてきた。
私は先日と同じテーブルにつき、話を聞くことにした。


どうしたの?何かあったの?

………それが…私…………実は、あれから考えて……………ここから出れたら歌を習いたいと親に言ったんです。
…………そうしたら…………反対されてしまいました。
私、ここで1年くらい暮らしてて、いつ出れるかわからないから………。

そうだったの………。
反対されて辛いかもしれないけど、先ずは今の「病気」をちゃんと治療してから習えるといいね。
だってまだ16歳でしょう?これから貴女はたくさん生きる時間あるんだから焦らなくていいんだよ……。

……うん、そうする。
がんばる。


女の子は泣いた。
そのとき私からでた言葉というのは、落ち込む彼女をとにかく励ましたくて元気付けたくて、希望しかない言葉を選んでは慎重に口に出した。

希望……。
ここには希望が全くなかった。

選択する権利の全てが自以外の人に委ねられており、権利そのものが無い場所だと、彼女の話を聞いて再認識できた。

外の世界の住人にとってここの世界は、狂ってるものが住まう場所だった。

狂ってる?
誰が?

私はいたたまれない気持ちのまま、その日を過ごした。






一日を終える消灯のアナウンスが天井から聞こえてきた。
私はベッドに入ってもなかなか眠りにつくことが出来なかった。
どれくらい時間が流れただろうか。


深夜をまわるころ、私のいる部屋と離れた場所にあるナースセンターから騒がしい物音が聞こえてきた。

人が何人もセンターを行き交いしている様子が伝わってきた。


ぎゃあああああああああ!!
ああああ!………ああああ!!


突然、誰かの悲鳴が聞こえた。


ガタンゴトン!  ガタガタ………!!


誰かが深夜に暴れてるのだろうか。
私は心配しながら事がおさまるまで耳を澄ませて物音を聞いていたが、いつの間にか眠りについてしまっていた。






目が覚めた。
私は白いシーツが張ったベッドに横たわっていた。
午前7時30分。

時間どおりに朝食の知らせが、いつものように天井から流れた。

のそのそと各部屋の住人たちがサロンに集う。
いつものように。

しかしその日を境に、あの女の子の姿が消えてしまった。


そんなことで何が変わるというのか、何が変われるというのか。

いつもの朝。
いつもの日々。


(完)















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