『創造と破壊の物語』

Category短編物語
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時はまだ天空の彼方に広がる神々の他に何も存在しない。

空の下にはただ気流が渦巻き、幾重にも大河のような濁濁とした空気が混ざりあい、混沌とした世界をなしていた。

創造の神が言った。
「我々のいる天空には、私と破壊神、それと唯一絶対の全能の神しかいない。もし全能の神の許しを得れたなら、この足元の世界に私の持ちうる限りの知恵の種を落としてみたい……。」

破壊の神は言った。
「創造神よ、そなたの恣意は私の思うところと反するようだ。足元にひろがる濁流を見ただろうが、なんと酷く穢れていることか。我々の一滴の涙ほどの価値もないものに、なぜ想いを馳せるのだ。」

創造の神は言った。
「私は全能の神によりこの天空の神代に生きるに久しいが、更に上空の宇宙が全能の神により無限にひろがる暗黒と無数の星の世を開いたように、崇高なる意を以てこの穢れた濁流のなかに奇跡を起こしてみたいのだ。」

「……………、ならば私はそなたの意志を見守るとしよう。」

創造と破壊の神は深く頷き合うと、千夜を通して下方の世界の創造について話し合った。





創造の神と破壊の神は、統一した意を以て全能の神に説いた。

「全能神よ、我らの意志を聞き賜り、どうかこれから為すことをお許しください。」

その声は猛々しく、天平の彼方(※1)まで轟くほどあった。
突如、天が割れて雷のような閃光が二神を包み込み

「創造と破壊の神たちよ、おまえたちの為すことのその果てしなきを想像し得て尚この流れを変えようとするのならば、私の宇宙(そら)の片隅に一幕の始まりを許そう。ただし創造の神よ、おまえは全ての始まりとしてそこに在らんことを。破壊の神よ、おまえは全ての終わりとしてそこに在らんことを……。」

全能の神はそう告げると、旋風のごとく閃光を集約して消え去った。




創造の神は即座に脚を踏んで足元の雲河を割った。
そこから長く長く手を伸ばし、泥濁した気流のなかに埋めて掻き回した。

ひと掻き……ふた掻き……それは何度も何度も繰り返された。


すると泥沼のようなものが次第に透明度を増して、創造の神が雲間から放つ光に照らされて青々とした広大な水の池となった。

……海の誕生である。
何千回、何万回と掻き回す腕から滴る神の汗が、海へと流れていった。


それから次に創造の神は、衣から脚を伸ばして海原の深淵まで轟くような力強さで踵を踏み鳴らした。

海底に地響きがおこりその衝撃の凄まじさで、もともと濁流の底に溜まっていた塊が次々に海の表面へ隆起した。

…………大地の始まりである。
こうして濁流から海と大地は始まり、天空の下の世界に美しく広がった。

創造の神はその世界を眺めて心から満足した。
破壊の神も何事もなく進行する世界の始まりを黙認していた。

…………かようにして世は神代のいる『天の世界』と、海と大地の『地の世界』のふたつになった。

創造の神は、その青く広がる海の美しさにため息し言った。
「破壊神よ、私はこのとおり為しとげた。見よ、どこまでも透いた美しき海を。見よ、なみなみとうねる暖かき大地の流線形を……。」

破壊の神は黙って一部始終をみていたが
「創造神、奇跡というものはたとえ我々の叡智を以てしても想像できるものだろうか私は疑問に思う。何故ならば私は既に海の中に蠢く何かを目撃した。あれは何かを考えていた。」

創造の神は言った。
「あれは私の汗により生まれた何かだろう。なに、あんなに小さく小さく蠢く何かが、この地平線の彼方に影響を及ぼすものに成り得まい。ましてやこの天世界に届くものにはならないだろう。」



海に蠢く何かとは、地表に生まれた生命体の種だった。
種は豊かな海で分裂を繰り返し、何万年何億年をかけて進化を遂げた。

しかしこれは創造の神が当初考えていた以上の『奇跡』に他ならなかった。
何故ならば進化を遂げる地世界に人間という生命が、海や大地を汚し始めたからだ。

創造の神は言った。
「これは全て、奇跡を期待しその種を撒いた私の責任である。悪逆無道極まりない生き物の世にかつてノアやモーゼという人間がいたのも奇跡かもしれぬ。もう全能の神の言葉さえ届かぬ所へとどこまでも堕ちてしまった。」

破壊の神は言った。
「ノアやモーゼという生命が在ったころに、私はこの荒れ果て飢えた地世界を眺めては涙を流した。その涙が地世界に雨を降らした。創造神よ、私の心がわかるか?私は破壊を司るもので、それは数限りない星たちの世界の最期を決断するもののことである。創造神よ、そなたは気高く尊い意志で地世界を創り汗を流した。私は違う。そこに生きるものたちを心から憐れみ悲しみ慈しんでおきながら、最期の裁きを下さねばならない。私の流すものは永久に永遠に涙しかないのだ。私はまたもやひとつの世界を消滅させねばならないのかと思うと…………。」

破壊の神の目からいく粒もの雫がこぼれ落ちた。
その雫は天空の雲河から滴り落ちた。

創造の神は答えた。
「破壊神よ、私が改めよう。貴方の涙は地世界を豊かにするものと知る。私には決して無い高潔なる慈愛を貴方は果てしなく地表に降り注ぎ続けてくれた。私は自分が撒いた奇跡を信じよう、これからも……。」


こうして破壊の神は地世界を消滅させることなく、創造の神とともに果てしなく繰り返す生命の進化を天世界からいつまでも見守ることにした。
破壊の神の裁きは終わることは無いけども……。

(完)


注釈
※1……天秤座のこと

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