名前のないもの〜無我〜

Category短編物語
女は箱を開けて全てを手放した。

それは羽根のように、それは蝶のように、箱から生まれる旋風と共に空高く舞い散ってしまった。

箱には何もない。

だけど女は感じていた。

「貴方、ここにいたのね」

と。

箱の何かが答えた。

「ずっとここにいたよ。僕は僕を形づくるものがないから皆気づかないんだ。

ほとんどの人は見えるものしか信じないから僕のことなんかわからない」


「僕は待っていたんだ。
キミのような人をずっと。

『真実』が全てを隠してしまうから、誰もわかってくれなかった。

キミが感じるまでこうやって僕は百年を繰り返してきたんだ。

ずっと。ずっと。ずっと。」

「僕を両手で包んでみてごらん。

キミは今以上に喜ぶかもしれない。
もしかしたら今以上に悲しむかもしれない。

きっと僕はそんな存在なんだ。

怖がらないで。
たぶんこれからの百年は僕はキミのなかにいられるから」



【あとがき】

真実は自分の中にあると女は思っていた。
しかし自分の中で見つけたと思ったらそれは全てまやかしのようにみえて、女はなかなか『それ』を信じることができなかった。

思い悩む女はとうとう箱を手にして開けた。

全てが消え去ることを覚悟して。
そこに見えたものは……。

つまり
『箱』は貴方自身。
『僕』は貴方の中にある真実。

女には真実など無かった。
真実は貴方の中にあった。

女は『僕』を手に包み、そっと胸の中に押し込んだ。

それが喜びであろうと、悲しみであろうと
女のなかに『真実』が芽生える。

受け入れた真実は時に刻まれ百年経っても変わらない。


そういうお話でした。
 
真実は人の数だけ存在し、今を並行して進行(変化)する。

女がなかなか自分の真実を信じられなかったのは、自分でない他者と真実を共有したいと願う欲のせいだった。

苦悶の旅の末に『箱』と向き合い真の『真実』を手にする
…………そんな作者の願望を表現しました。



















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